Monday, April 15, 2019

Acorn and Wildcat: Miyazawa Kenji

どんぐりと山猫(やまねこ)宮沢賢治(みやざわけんじ)


 を かしなはがきが、ある土曜日(どようび)(ゆう)がた、一郎(いちろう)のうちにきました。

かねた一郎(いちろう)さま九月(くがつ)十九(じゅうきゅう)(にち)あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。とびどぐもたないでくなさい。


(やま)ねこ(はい) 

こんなのです。()はまるでへたで、(すみ)もがさがさして(ゆび)につくくらゐでした。けれども一郎(いちろう)はうれしくてうれしくてたまりませんでした。はがき を そつと学校(がっこう)のかばんにしまつて、うちぢゆうとんだりはねたりしました。
 ね(とこ)にもぐつてからも、山猫(やまねこ)のにやあとした(かお)や、そのめんだうだといふ裁判(さいばん)のけしきなど を(かんが)へて、おそくまでねむりませんでした。
 けれども、一郎(いちろう)()を さましたときは、もうすつかり(あか)るくなつてゐました。おもてにでてみると、まはりの(やま)は、みんなたつたいまできたばかりのやうにうるうるもりあがつて、まつ(あお)なそらのしたにならんでゐました。一郎(いちろう)はいそいでごはん を たべて、ひとり谷川(たにがわ)沿()つたこみち を、 かみの(ほう)へのぼつて()きました。
 すきとほつた(かぜ)がざあつと()くと、(くり)()はばらばらと()を おとしました。一郎(いちろう)(くり)()を みあげて、
(くり)()(くり)()、やまねこがここ を(とう)らなかつたかい。」とききました。(くり)()はちよつとしづかになつて、
「やまねこなら、けさはやく、馬車(ばしゃ)でひがしの(ほう)()んで()きましたよ。」と(こた)へました。
(ひがし)ならぼくのいく(ほう)だねえ、 を かしいな、とにかくもつといつてみよう。(くり)()ありがたう。」
(くり)()はだまつてまた()を ばらばらとおとしました。
一郎(いちろう)がすこし()きますと、そこはもう(ふえ)ふきの(たき)でした。(ふえ)ふきの(たき)といふのは、まつ(しろ)(いわ)(がけ)のなかほどに、(ちい)さな(あな)があいてゐて、そこから(みず)(ふえ)のやうに()つて()()し、すぐ(たき)になつて、ごうごう(たに)におちてゐるの を いふのでした。
一郎(いちろう)(たき)()いて(さけ)びました。
「おいおい、(ふえ)ふき、やまねこがここ を(とう)らなかつたかい。」
(たき)がぴ ー ぴ ー(こた)へました。
「やまねこは、さつき、馬車(ばしゃ)西(にし)(ほう)()んで()きましたよ。」
「 を かしいな、西(にし)ならぼくのうちの(ほう)だ。けれども、まあも(すこ)(いっ)つてみよう。ふえふき、ありがたう。」
(たき)はまたもとのやうに(ふえ)()きつけました。
一郎(いちろう)がまたすこし()きますと、一本(いっぽん)のぶなの()のしたに、たくさんの(しろ)いきのこが、どつてこどつてこどつてこと、(へん)楽隊(がくたい)を やつてゐました。
一郎(いちろう)はからだ を かがめて、
「おい、きのこ、やまねこが、こ を(とう)らなかつたかい。」
とききました。するときのこは
「やまねこなら、けさはやく、馬車(ばしゃ)(みなみ)(ほう)()んで()きましたよ。」とこたへました。一郎(いちろう)(くび)を ひねりました。
「みなみならあつちの(やま)のなかだ。 を かしいな。まあもすこし(いっ)つてみよう。きのこ、ありがたう。」
 きのこはみんないそがしさうに、どつてこどつてこと、あのへんな楽隊(がくたい)を つづけました。
一郎(いちろう)はまたすこし()きました。すると一本(いっぽん)のくるみの()(こずえ)を 、栗鼠(くりねずみ)がぴよんととんでゐました。一郎(いちろう)はすぐ()まねぎしてそれ を とめて、
「おい、りす、やまねこがここ を(とう)らなかつたかい。」とたづねました。するとりすは、()(うえ)から、(ひたい)()を かざして、一郎(いちろう)()ながらこたへました。
「やまねこなら、けさまだくらいうちに馬車(ばしゃ)でみなみの(ほう)()んで()きましたよ。」
「みなみへ(いっ)つたなんて、(ふた)とこでそんなこと を(げん)ふのは を かしいなあ。けれどもまあもすこし(いっ)つてみよう。りす、ありがたう。」りすはもう()ませんでした。たくるみのいちばん(うえ)(えだ)がゆれ、となりのぶなの()がちらつとひかつただけでした。
一郎(いちろう)がすこし()きましたら、谷川(たにがわ)にそつたみちは、もう(こま)くなつて()えてしまひました。そして谷川(たにがわ)(みなみ)の、まつ(くろ)(かや)()(もり)(ほう)へ、あたらしいちひさなみちがついてゐました。一郎(いちろう)はそのみち を のぼつて()きました。(かや)(えだ)はまつくろに(かさ)なりあつて、(あお)ぞらは(いち)きれも()えず、みちは(だい)へん(きゅう)(さか)になりました。一郎(いちろう)(かお)を まつかにして、(あせ)を ぽとぽとおとしながら、その(さか)を のぼりますと、にはかにぱつと(あか)るくなつて、()がちくつとしました。そこはうつくしい黄金(おうごん)いろの草地(くさち)で、(くさ)(かぜ)にざわざわ()り、まはりは立派(りっぱ)な オリーヴ いろのかやの()のもりでかこまれてありました。
 その草地(くさち)のまん(なか)に、せいの(ひく)いを かしな(かたち)(おとこ)が、(ひざ)()げて()(かわ)(むち)を もつて、だまつてこつち を みてゐたのです。
一郎(いちろう)はだんだんそばへ(いっ)つて、びつくりして()ちどまつてしまひました。その(おとこ)は、片眼(かため)で、()えない(ほう)()は、(しろ)くびくびくうごき、上着(うわぎ)のやうな半纏(はんてん)のやうなへんなもの を()て、だいいち(あし)が、ひどくまがつて山羊(やぎ)のやう、ことにそのあしさきときたら、ごはん を もるへらのかたちだつたのです。一郎(いちろう)気味(きみ)(わる)かつたのですが、なるべく()ちついてたづねました。
「あなたは山猫(やまねこ)を しりませんか。」
 するとその(おとこ)は、(よこ)()一郎(いちろう)(かお)()て、(くち)を まげてにやつとわらつて(げん)ひました。
(やま)ねこさまはいますぐに、こに(もど)つてお()やるよ。おまへは一郎(いちろう)さんだな。」
一郎(いちろう)はぎよつとして、(いち)あしうしろにさがつて、
「え、ぼく一郎(いちろう)です。けれども、どうしてそれ を()つてますか。」と(げん)ひました。するとその()(からだ)(おとこ)はいよいよにやにやしてしまひました。
「そんだら、はがき()だべ。」
()ました。それで()たんです。」
「あのぶんしやうは、ずゐぶん下手(へた)だべ。」と(おとこ)(した)を むいてかなしさうに(げん)ひました。一郎(いちろう)はきのどくになつて、
「さあ、なかなか、ぶんしやうがうまいやうでしたよ。」
(げん)ひますと、(おとこ)はよろこんで、(いき)を はあはあして、(みみ)のあたりまでまつ(あか)になり、きもののえり を ひろげて、(かぜ)を からだに()れながら、
「あの()もなかなかうまいか。」ときました。一郎(いちろう)は、おもはず(わら)ひだしながら、へんじしました。
「うまいですね。五年(ごねん)(なま)だつてあのくらゐには()けないでせう。」
 すると(おとこ)は、(きゅう)にまたいやな(かお)を しました。
五年(ごねん)(なま)つていふのは、尋常(じんじょう)五年(ごねん)(なま)だべ。」その(こえ)が、あんまり(ちから)なくあはれに()えましたので、一郎(いちろう)はあわてて(げん)ひました。
「いえ、大学校(だいがっこう)五年(ごねん)(なま)ですよ。」
 すると、(おとこ)はまたよろこんで、まるで、(かお)ぢゆう(くち)のやうにして、にたにたにたにた(わら)つて(さけ)びました。
「あのはがきはわしが()いたのだよ。」
一郎(いちろう)は を かしいの を こらへて、
「ぜんたいあなたはなにですか。」とたづねますと、(おとこ)(きゅう)にまじめになつて、
「わしは(やま)ねこさまの馬車(ばしゃ)別当(べっとう)だよ。」と(げん)ひました。
 そのとき、(かぜ)がどうと()いてきて、(くさ)はいちめん(なみ)だち、別当(べっとう)は、(きゅう)にていねいなおじぎ を しました。
一郎(いちろう)は を かしいとおもつて、ふりかへつて()ますと、そこに山猫(やまねこ)が、()いろな陣羽織(じんばおり)のやうなもの を()て、(みどり)いろの()を まん(えん)にして()つてゐました。やつぱり山猫(やまねこ)(みみ)は、()つて(せん)つてゐるなと、一郎(いちろう)がおもひましたら、(やま)ねこはぴよこつとおじぎ を しました。一郎(いちろう)もていねいに挨拶(あいさつ)しました。
「いや、こんにちは、きのふははがき を ありがたう。」
山猫(やまねこ)はひげ を ぴんとひつぱつて、(はら)を つき()して(げん)ひました。
「こんにちは、よくいらつしやいました。じつは を とひから、めんだうなあらそひがおこつて、ちよつと裁判(さいばん)にこまりましたので、あなたのお(かんが)へを 、 うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆつくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまい(ねん)、この裁判(さいばん)でくるしみます。」(やま)ねこは、ふところから、(かん)煙草(たばこ)(はこ)()して、じぶんが一本(いっぽん)くはへ、
「いかですか。」と一郎(いちろう)()しました。一郎(いちろう)はびつくりして、
「いえ。」と(げん)ひましたら、(やま)ねこはおほやうにわらつて、
「ふん、まだお(わか)いから、」と(げん)ひながら、マツチ を しゆつと(さつ)つて、わざと(かお)を しかめて、(あお)いけむり を ふうと()きました。(やま)ねこの馬車(ばしゃ)別当(べっとう)は、()()けの姿勢(しせい)で、しやんと()つてゐましたが、いかにも、たばこのほしいの を むりにこらへてゐるらしく、なみだ を ぼろぼろこぼしました。
 そのとき、一郎(いちろう)は、(あし)もとで パチパチ(しお)のはぜるやうな、(おと)を きました。びつくりして(くつ)んで()ますと、(くさ)のなかに、あつちにもこつちにも、黄金(おうごん)いろの(まる)いものが、ぴかぴかひかつてゐるのでした。よくみると、みんなそれは(あか)いずぼん を はいたどんぐりで、もうその(かず)ときたら、三百(さんびゃく)でも()かないやうでした。わあわあわあわあ、みんななにか()つてゐるのです。
「あ、()たな。(あり)のやうにやつてくる。おい、さあ、(はや)くベル を()らせ。今日(こんにち)はそこが日当(にっとう)りがいから、そこのとこの(くさ)()れ。」やまねこは(かん)たばこ を()げすてて、(おお)いそぎで馬車(ばしゃ)別当(べっとう)にいひつけました。馬車(ばしゃ)別当(べっとう)もたいへんあわてて、(こし)から(おお)きな(かま)を とりだして、ざつくざつくと、やまねこの(まえ)のとこの(くさ)()りました。そこへ四方(しほう)(くさ)のなかから、どんぐりどもが、ぎらぎらひかつて、()()して、わあわあわあわあ(げん)ひました。
馬車(ばしゃ)別当(べっとう)が、こんどは(すず)を がらんがらんがらんがらんと()りました。(おと)はかやの(もり)に、がらんがらんがらんがらんとひき、黄金(おうごん)のどんぐりどもは、すこししづかになりました。()ると(やま)ねこは、もういつか、(くろ)(なが)繻子(しゅす)(ふく)()て、勿体(もったい)らしく、どんぐりどもの(まえ)にすわつてゐました。まるで奈良(なら)のだいぶつさまにさんけいするみんなの()のやうだと一郎(いちろう)はおもひました。別当(べっとう)がこんどは、(かわ)(むち)二三(にさん)べん、ひゆうぱちつ、ひゆう、ぱちつと()らしました。
(そら)(あお)くすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。
裁判(さいばん)ももう今日(きょう)三日目(みっかめ)だぞ、い加減(かげん)になかなほり を したらどうだ。」(やま)ねこが、すこし心配(しんぱい)さうに、それでもむりに威張(いば)つて(げん)ひますと、どんぐりどもは(くち)々に(さけ)びました。
「いえいえ、だめです、なんといつたつて(あたま)のとがつてるのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがつてゐます。」
「いえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
(おお)きなことだよ。(おお)きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん(おお)きいからわたしがえらいんだよ。」
「さうでないよ。わたしのはうがよほど(おお)きいと、きのふも判事(はんじ)さんがおつしやつたぢやないか。」
「だめだい、そんなこと。せいの(たか)いのだよ。せいの(たか)いことなんだよ。」
()しつこのえらいひとだよ。()しつこ を してきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがや(いっ)つて、なにがなんだか、まるで(はち)()を つついたやうで、わけがわからなくなりました。そこでやまねこが(さけ)びました。
「やかましい。こ を なんところえる。しづまれ、しづまれ。」
別当(べっとう)がむち を ひゆうぱちつとならしましたのでどんぐりどもは、やつとしづまりました。やまねこは、ぴんとひげ を ひねつて(げん)ひました。
裁判(さいばん)ももうけふで三日目(みっかめ)だぞ。い加減(かげん)(なか)なほりしたらどうだ。」
 すると、もうどんぐりどもが、くちぐちに(うん)ひました。
「いえいえ、だめです。なんといつたつて、(あたま)のとがつてゐるのがいちばんえらいのです。」
「いえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。」
「さうでないよ。(おお)きなことだよ。」がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。山猫(やまねこ)(さけ)びました。
「だまれ、やかましい。こ を なんと心得(こころえ)る。しづまれしづまれ。」
別当(べっとう)が、むち を ひゆうぱちつと()らしました。山猫(やまねこ)がひげ を ぴんとひねつて(げん)ひました。
裁判(さいばん)ももうけふで三日目(みっかめ)だぞ。い加減(かげん)になかなほり を したらどうだ。」
「いえ、いえ、だめです。あたまのとがつたものが……。」がやがやがやがや。
(やま)ねこが(さけ)びました。
「やかましい。こ を なんところえる。しづまれ、しづまれ。」
別当(べっとう)が、むち を ひゆうぱちつと()らし、どんぐりはみんなしづまりました。山猫(やまねこ)一郎(いちろう)にそつと(もう)しました。
「このとほりです。どうしたらいでせう。」
一郎(いちろう)はわらつてこたへました。
「そんなら、かう(げん)ひわたしたらいでせう。このなかでいちばんばかで、めちやくちやで、まるでなつてゐないやうなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教(せっきょう)できいたんです。」
山猫(やまねこ)はなるほどといふふうにうなづいて、それからいかにも気取(きど)つて、繻子(しゅす)のきものの(むね)(ひら)いて、()いろの陣羽織(じんばおり)を ちよつと()してどんぐりどもに(もう)しわたしました。
「よろしい。しづかにしろ。(もう)しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ。」
 どんぐりは、しいんとしてしまひました。それはそれはしいんとして、(けん)まつてしまひました。
 そこで山猫(やまねこ)は、(くろ)繻子(しゅす)(ふく)を ぬいで、(ひたい)(あせ)を ぬぐひながら、一郎(いちろう)()を とりました。別当(べっとう)(だい)よろこびで、()(ろく)ぺん、(むち)を ひゆうぱちつ、ひゆうぱちつ、ひゆうひゆうぱちつと()らしました。やまねこが(げん)ひました。
「どうもありがたうございました。これほどのひどい裁判(さいばん)を 、 まるで一分(いちぶ)(はん)でかたづけてくださいました。どうかこれからわたしの裁判所(さいばんしょ)の、名誉(めいよ)判事(はんじ)になつてください。これからも、葉書(はがき)(いっ)つたら、どうか()てくださいませんか。そのたびにお(れい)はいたします。」
承知(しょうち)しました。お(れい)なんかいりませんよ。」
「いえ、お(れい)はどうかとつてください。わたしのじんかくにかはりますから。そしてこれからは、葉書(はがき)にかねた一郎(いちろう)どのと()いて、こちら を裁判所(さいばんしょ)としますが、ようございますか。」
一郎(いちろう)が「え、かまひません。」と(もう)しますと、やまねこはまだなにか(げん)ひたさうに、しばらくひげ を ひねつて、()を ぱちぱちさせてゐましたが、たうとう決心(けっしん)したらしく(げん)()しました。
「それから、はがきの文句(もんく)ですが、これからは、用事(ようじ)これありに()き、明日(あした)出頭(しゅっとう)すべしと()いてどうでせう。」
一郎(いちろう)はわらつて(げん)ひました。
「さあ、なんだか(へん)ですね。そいつだけはやめた(ほう)がいでせう。」
山猫(やまねこ)は、どうも(げん)ひやうがまづかつた、いかにも残念(ざんねん)だといふふうに、しばらくひげ を ひねつたま、(した)()いてゐましたが、やつとあきらめて(げん)ひました。
「それでは、文句(もんく)はいままでのとほりにしませう。そこで今日(きょう)のお(れい)ですが、あなたは黄金(おうごん)のどんぐり一升(いっしょう)と、塩鮭(しおざけ)のあたまと、どつち を おすきですか。」
黄金(おうごん)のどんぐりがすきです。」
山猫(やまねこ)は、(さけ)(あたま)でなくて、まあよかつたといふやうに、(くち)(そう)馬車(ばしゃ)別当(べっとう)(うん)ひました。
「どんぐり を一升(いっしょう)(はや)くもつてこい。一升(いっしょう)にたりなかつたら、めつきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」
別当(べっとう)は、さつきのどんぐり を ますに()れて、はかつて(さけ)びました。
「ちやうど一升(いっしょう)あります。」
(やま)ねこの陣羽織(じんばおり)(かぜ)にばたばた()りました。そこで(やま)ねこは、(おお)きく()びあがつて、め を つぶつて、半分(はんぶん)あくび を しながら(げん)ひました。
「よし、はやく馬車(ばしゃ)のしたく を しろ。」(しろ)(おお)きなきのこでこしらへた馬車(ばしゃ)が、ひつぱりだされました。そしてなんだかねずみいろの、 を かしな(かたち)(うま)がついてゐます。
「さあ、おうちへお(おく)りいたしませう。」山猫(やまねこ)(げん)ひました。二人(ふたり)馬車(ばしゃ)にのり別当(べっとう)は、どんぐりのます を馬車(ばしゃ)のなかに()れました。
 ひゆう、ぱちつ。
馬車(ばしゃ)草地(くさち)を はなれました。()(やぶ)がけむりのやうにぐらぐらゆれました。一郎(いちろう)黄金(おうごん)のどんぐり を(けん)、やまねこはとぼけたかほつきで、(とお)くを みてゐました。
馬車(ばしゃ)(すす)むにしたがつて、どんぐりはだんだん(ひかり)がうすくなつて、まもなく馬車(ばしゃ)がとまつたときは、あたりまへの(ちゃ)いろのどんぐりに(かえ)つてゐました。そして、(やま)ねこの()いろな陣羽織(じんばおり)も、別当(べっとう)も、きのこの馬車(ばしゃ)も、一度(いちど)()えなくなつて、一郎(いちろう)はじぶんのうちの(まえ)に、どんぐり を()れたます を()つて()つてゐました。
 それからあと、(やま)ねこ(はい)といふはがきは、もうきませんでした。やつぱり、出頭(しゅっとう)すべしと()いてもいと(げん)へばよかつたと、一郎(いちろう)はときどき(おも)ふのです。



底本(ていほん):「宮沢賢治(みやざわけんじ)全集(ぜんしゅう)8」ちくま文庫(ぶんこ)筑摩書房(ちくましょぼう)   1986(昭和(しょうわ)61)(ねん)1(がつ)28(にち)(だい)1(さつ)発行(はっこう)   2004(平成(へいせい)16)(ねん)4(がつ)25(にち)(だい)20(さつ)発行(はっこう)初出(しょしゅつ):「イーハトヴ童話(どうわ)注文(ちゅうもん)(おお)料理店(りょうりてん)盛岡市(もりおかし)(もり)(りょう)出版部(しゅっぱんぶ)東京(とうきょう)(ひかり)(はら)(しゃ)   1924(大正(たいしょう)13)(ねん)12(がつ)1(にち)入力(にゅうりょく)土屋(つちや)(たかし)校正(こうせい):noriko saito
2005(ねん)2(がつ)21(にち)作成(さくせい)青空(あおぞら)文庫(ぶんこ)作成(さくせい)ファイル:
この ファイル は、インターネット の図書館(としょかん)青空(あおぞら)文庫(ぶんこ)(http://www.aozora.gr.jp/)で(つく)られました。入力(にゅうりょく)校正(こうせい)制作(せいさく)にあたったのは、ボランティア の(みな)さんです。



表記(ひょうき)について

この ファイル は W3C勧告(かんこく)XHTML1.1 にそった形式(けいしき)作成(さくせい)されています。
傍点(ぼうてん)(けん)(てん)傍線(ぼうせん)()いた文字(もじ)は、強調(きょうちょう)表示(ひょうじ)にしました。

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